Up Cycle Circular’s diary

未来はすべて次なる世代のためにある

【中立化するコロナ渦】情報化社会が痛みを伴わない禍いが生む

 

 穏やかな社会、安寧を願えば、コロナ渦の早期に収束に意識が向くが、流れてくるニュースを見れば、心をかき乱される。緊急事態宣言が延長されると、約1兆円の経済損失が生じると野村総合研究所が試算したという。失業者が増加するという試算もあるそうだ。ネガティブスパイラル、悪いときは悪いことが重なるのだろう。

 こうした試算も過去の実績からの推定なのだろうか。同じパターンを繰り返しては同じ結果になるとの警告として受け取ることにする。そう考えないと気が滅入りそうだ。

 

 

「情報化社会がもたらす苦しみの正体」との養老孟司先生の言葉が目にとまる。正体が招待に読めてしまった。

 情報は固定的なものだが、一方人間は元来変化している。情報化社会で自分を固定したものとの勘違いするから、その矛盾に苦しむという。

 情報は現実のある部分を切り取ったものでしかない。それに商業的な価値をつけようとすれば、尖った意見になったりするのだろう。現実的な解が求められているこのときに、そんなに尖がった意見は必要ないのかもしれない。

 社会や経済は生き物だけれども、意見はある時点の固定的なもの。現実はもっとダイナミックに変化し続けている。事象は連続的なものであって、尖り過ぎた意見は非連続に誘っているようなものなのかもしれない。そんなことを見聞きして明日はどうなるのかとくよくよ考えるよりは、明日はもっとよくなるように考えることのほうが自然なのだろう。

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 今ある社会像に養老先生はどんな見解がお持ちなのだろうか。少しばかり気になった。

 平成13年3月21日午餐会における先生の講演の要旨がある。古いが読んでみた。

 記事のタイトルは「情報化社会と若者」、先生はそのタイトルをつけた理由を、「若い人が情報化社会のなかで生きていくうえで、どうしたらいいのか、助言するなり、教育するなり、彼らに方向を示してあげなければいけない」と話される。そして、「そこで非常に重要になってくるのは、私どもが持っていて今の若い人は持っていない「環境」、それは「生の体験」だ」という。

www.gakushikai.or.jp

 午前中に私が出席した審議会の資料として『農政白書』の原稿が配布され、その中に、実体験のない子どもと、実体験のある子どもに聞いた道徳観の有無が、歴然ときれいに平行するというグラフが載っていました。つまり、生の体験がない子どもほど、自分のなかに社会的な道徳観がない。これは当たり前なのです。

情報処理というのはまったくのニュートラルで、先ほどから言っているように、情報とは基本的に石ころだからです。どんな殺人事件でも、文字になってしまえば、情報化された犯罪として、まったく中立化してしまいます。中立化された情報だけに浸かっていれば、そこには善悪も感情も何もありません

あるテレビ番組で、中学生が「なぜ人を殺してはいけないのか?」と質問したというのも、私はある意味では当然だろうと思います。しかし、中立化した情報の裏には、本来いろいろなことが付随しているものなのです。 (出所:「情報化社会と若者」養老孟司

 

 

 記事を読んで、このコロナ渦で感じる疑問の正体が少し理解できたように感じた。 

子どもはテレビゲームのボタンを苦もなく操り、それで世界が変わっていろいろなことが起こる。

あれは、大人社会に適応するために非常に重要な前段階とも見えます。だからテレビゲームの普及はべつにたいして問題ではありません。ただ、バランスのとれた人間として生きていこうとするならば、「生の体験」を同じように与えてやらなければいけない。それが私の持論です。 (出所:「情報化社会と若者」養老孟司

 「生の体験」、リアルな感情や痛み、善悪を自然の中で会得する必要があるというのだろうか。腑に落ちることが多々あった。中立化するコロナ渦、情報化社会が痛みを伴わない禍いを生んでいるのかもしれない。少し心に落ち着きを取り戻すことができたかもしれない。

 

読まない力 (PHP新書)

読まない力 (PHP新書)

 

 

 記事の中で、養老先生が森元会長について書かれている。おもわず納得でもあった。

おそらく今、森さんの悪口を書いている新聞記者の方々は、「自分ならあのくらい悪く言われたら辞任する」と思って書いているのだと思いますが、私の世代は辞めません。いつ一億玉砕が平和憲法万歳になるかわからないと思っていますから、いくら言われても全然こたえない。そういう時代なのだと思います。(出所:「情報化社会と若者」養老孟司

 養老先生と森元会長は同じ世代だということです。

 

続く宣言と終わらぬ批判、今できること

 

 首相の会見があった。懸念されたGW期間中の人流は、4月初めと比較すると減少したという。その結果がわかるのはおおよそ2週間後、減少方向に転じてくれればと願うばかりである。

 早期収束を願えば、ひとまず要請に従い、ステイホームを心がけようと思う。感染症なのだから、人との接触が減じれば、それだけ感染リスクは減ることは理解できる。

 

 

 感染が拡大を始めると、ニュースは、出歩く人の姿を映し取材する。そんな姿ばかりみていると、要請に従っている人が少ないのではないのかと疑念を持つようになる。 

 東京都が6日に開催した「モニタリング会議」では、GW期間中の主要繁華街での「滞留人口モニタリング結果」が報告されたそうだ。

 それによれば、5月5日時点での居住地から5キロ圏内で生活を完結した都民の割合が70%、3キロ圏内の割合は63%だったという。

www.jiji.com

 「GW期間中、多くの都民がステイホームに協力した」と専門家が報告した。

 要請に従い、協力する人の方がマジョリティであることに、少しばかりほっとする。もし逆であれば、もっと悲惨な結果になっているのかもしれない。

 増える数字に惑わされ、色眼鏡でニュースを見ているのかもしれないとも感じる。

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(資料:「2021年5月6日 東京都新型コロナウイルス感染症モニタリング会議 資料」)

 周囲の雑音を断絶して、冷静に資料の数字を見て納得する。人流だけなのかという議論もあるのかもしれないが、それを抑えようとする主張にも根拠はありそうだ。ただ説明できない矛盾もあるのだろう。開示されている資料からだけでは読み切れないが、変異株の要素があるのかもしれない。

 

 

 繰り返される緊急事態宣言に批判が集まっているのだろうか。

 オリンピック中止を求める署名が始まり、多くの人が賛同しているという。池江璃花子さんにも代表辞退を求める声が届き、その心情を吐露される。

 

 人に助力を求めたり、援助して欲しいと声をあげることはごく自然なことなのかもしれない。しかし、筋違いな依頼であれば、それは相手に負担になることもある。

 ひとりのスイマーの力でコロナを抑えむことはできないし、感染者を少なくすることもできない。

「私も、他の選手もきっとオリンピックがあってもなくても、決まったことは受け入れ、やるならもちろん全力で、ないなら次に向けて、頑張るだけだと思っています」

 池江さんはそういう。そんな姿勢に学びたい。それがコロナから脱出する近道になるような気がする。

 

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 多くの企業がコンプライアンスを是とし法令を遵守する。実際に多くの企業が休業要請を受け入れ、それに従う。

 要請であろうがなかろうが、義務であろうなかがなろうが、今はそれに従い、今できることに集中する。他力本願にならず、シンプルに、そして、現実的に考えたほうが、コロナも早期に収束するのかもしれない。緊急事態であれば、なおさらそうすべきなのだろう。次は5月末の緊急事態宣言解除が目標のようだ。

 

 

【終わらない不条理】コロナワクチンの特許放棄に期待できるか

 

 ゴールデンウイークが明けてもコロナばかりである。ニュースを見てはため息をつく。感染が拡大し、緊急事態宣言が延長、地域も拡大するようだ。

 不条理を感じずにはいられない。不条理を英語では「absurd」といい、ラテン語の「不協和」を意味する「absurdus」が語源になっているという。

 まさに「今」を表す言葉として適当なのかもしれない。達観すれば、Wikipediaがいうように不条理とは高度な滑稽なのだろう。

 

 

不条理とは通常の予測を外れた行動または思想であり、不条理な推論とは非論理的な推論である。 (出所:Wikipedia

 ものごとが進むたびに人々の調和が強化されれば、難しい問題を解決することができるのかもしれない。調和はやすらぎを与えてくれる。少しばかりの忍耐と妥協があれば、調和できうるかもしれないが、エゴが優先されれば不協和になる。わかっているが、うまくコントロールできない。それが不条理ということなのかもしれない。

 フランスの作家、アルベール・カミュが「ペスト」という小説でも、「自分たちは結局何もコントロールできない、人生の不条理は避けられない」ということが描かれているそうだ(参考:Wikipedia)。その小説は伝染病のペストを題材にしている。

 

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 結局、集団免疫を獲得する以外、感染症はなくならないのだろうか。しかし、ワクチン接種は緩慢のまま、いつまで待たされるのだろうか。

 目を世界に転じれば、もっと状況は深刻のようだ。インドでは医療用酸素が不足し、ニュースは悲惨さを伝える。国内では、大阪の重症患者用の病床使用率が100%を超えたという。その原因を探れば色々な問題があるのだろうが、今このとき、適切な医療を受けられない人がいる。

 一部地域でワクチン接種が進んでも、ウイルスが蔓延する地域があれば、感染拡大のリスクはなくならない。それは国内外を問わないのだろう。

 

 

 WTO世界貿易機関では新型コロナワクチン特許の一時放棄の提案があったという。ロイターによれば、ワクチン不足を背景に、100を超える国から特許放棄を求める声が高まってるそうだ。

 ワクチン接種が進む、米国はこれを支持すると表明し、一方、ドイツは、米国の呼び掛けに全面的に反対しているという。

 AFPによれば、「知的財産保護はイノベーションの源泉であり、今後もそうであり続けなければならない」と独政府報道官が述べたという。ワクチン開発大手ビオンテックの存在があるようだ。

 ファイザーのCEOは「増産を阻む主な要因は特許ではない」と主張し、「問題は、自社で建設可能な施設以外に、世界に(ワクチンを生産できる)施設がないことだ」と述べたそうだ。www.afpbb.com

 

 どの主張も論理、筋はあるのかもしれない。 

特許放棄の支持派は、特許の制限緩和により低コストのジェネリックワクチン生産が進み、ワクチン普及に苦慮する途上国を支援できると主張。

反対派は、製薬会社の新治療法開発に対するインセンティブが損なわれかねないと反論している。 (出所:AFP BB NEWS)

 この問題にどういう結論を出すことができるのだろうか。どこかで調和が生まれれば変化があるかもしれない。

 SDGsの理念には「誰ひとり取り残さない」とある。多くの企業がSDGsを唱えるようになったのに、さらに多くの人が取り残されているように感じる。理想と現実が違うから理念があり、目標が生まれる。 まだまだコロナ渦は長引きそうだ。

 

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【エゴと倫理】自然法則に挑戦するゲノム編集と地球を冷やすソーラージオエンジニアリング

 

 人とは不思議なものである。ありとあらゆるものを対象として研究を行なう。困った事象が起きれば、それを課題として研究開発を進め、いつしかその課題は解決されていく。それでも人類が生存し繁栄するための課題は無数に存在し、尽きることはないのだろう。そうした課題解決の姿勢があるからこそ、人類が地球上最強の生き物になったのかもしれない。

 

 

 その人類を新型コロナが脅かす。欧米で猛威をふるい、今度はインドに飛び火した。しかし、それに比べれば日本を含めた東アジアは少しばかり穏やかなのかもしれない。

 そこに着想を得て、その謎をゲノムを使って研究する人たちがいるという。まだこの研究は正式な論文になっていないが、第三者による査読の準備が進められているとNewsweekはいう。

過去に東アジアの人々がコロナウイルスまたはそれに酷似したウイルスと長期間闘っており、その過程で闘いに有利な進化を獲得したのではないか」というその内容を記事は紹介する。

www.newsweekjapan.jp

時とともに、人類の生存に有利なゲノム、すなわちウイルスに強いタンパク質を生成できるゲノムが広まるようになった」。

古代のコロナウイルスとの闘いに有利な突然変異がひとたび起きれば、その持ち主は他の人々よりも高い確率で生き延び、子孫を残しやすくなる。これを繰り返すことで、特定のウイルスへの防御力に優れる遺伝情報が集団の多数を占めるようになり、世代を追ってやがて定着してゆく。

これは進化の過程における「選択」と呼ばれる現象で、不利なものが姿を消す「淘汰」と対をなす概念だ。 (出所:Newsweek

自然選択」とは、生存に有利な特性が普及し、そうでないものが自然と淘汰される現象を指すという。

 

 

「ゲノム編集」、生物が持つ遺伝子の中の目的とする場所を高い精度で切り出し、特定の遺伝子が担う形質を改変する技術。「自然選択」を人工的に、自分たち人類にとって有利なものにしようということなのであろうか。

 食糧問題の解決を社会課題として、すでに「ゲノム編集」は行われ、気候変動などに耐性のある農作物が生まれたりする。肉が食糧危機を助長すると言われ、「代替肉」や「培養肉」が生まれる。こうした新たな肉もバイオテクノロジーの進化があってのことだったのだろう。

president.jp

 こうした技術が実用化されれば、食糧問題は解決されていくのかもしれないが、そこにまた新たな課題が生まれる。 いつもこれら研究には「倫理」の問題がつき纏っていた。

「畜産や魚の養殖も、100年前の人にしてみれば不自然かもしれない」とプレジデントは指摘する。一方で、今では、畜産は「動物福祉」に反するとの声をある。

 何が正しいのだろうか。人間のエゴが、人類の課題だけを解決したことなのかもしれない。

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 今、気候変動に関し、「ソーラー・ジオエンジニアリング」の研究が進んでいる。

「ソーラージオエンジニアリング」とは、上層大気に小さな反射粒子を追加するか、下層大気の反射雲量を増やすか、熱を吸収できる高高度の雲を薄くすることによって、地球を冷却するという。

 これは地球の気温を下げる可能性を秘めるが、未知または否定的な結果をもたらす可能性もあるという。

米国科学アカデミーは、「ソーラージオエンジニアリングの研究を慎重に追求する必要がある」とのレポートを発行し、その課題を明らかにする。

・ソーラージオエンジニアリング研究の目標と社会的背景に関する研究、モデリングシナリオの開発、不確実性の下での意思決定のための戦略、およびすべての国がこの問題に有意義に取り組むために必要な能力を含む、ソーラージオエンジニアリング研究の背景と目標。

・注入された反射粒子の特性と雲や大気プロセスとの相互作用、考えられる気候の結果とその後の生態系および社会システムへの影響、これらの技術を進歩させるための技術的要件、監視および帰属機能の進歩など、影響と技術的側面。

・ソーラージオエンジニアリングに対する一般の認識と関与に関する研究を含む社会的側面。国内および国際的な紛争と協力。ソーラージオエンジニアリングの効果的なガバナンス。正義、倫理、公平性の考慮事項の統合

www.gizmodo.jp

  自然の摂理に反して研究開発を行おうとすれば、「倫理」の問題にふれる。

 その倫理を調べてみれば、社会生活で人の守るべき道理。人が行動する際、規範となるもの。善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるものという言葉がならぶ。

 その倫理、善悪、正邪は何をよりどころにするのだろうか。天地自然の理法、自然法則に従うのではなかろうか。

 都合よい倫理、人間のエゴが自然法則まで変えようとしていると言えそうな気もする。

ソーラー・ジオエンジニアリングやバイオテクノロジー、新しい技術を発展させていくには、同時に「倫理」を研究し、定義して社会実装させる必要もあろうということなのだろう。

 あちらこちらで人混みというニュースを目にするゴールデンウイーク最終日にそんなことを考えてしまった。

【脱炭素と農業】環境再生型農業で地球は救えるのか

 

 若手農家の離農が増加しているということが、農業版の国勢調査農林業センサス」で明らかになったという。意外だった。手厚い農業政策で就農人口が増えているのかと思っていたが、真逆だった。

 実家近くの畑のいくつかは耕作しなくなった。農林業センサスが指摘するように高齢化の影響もありそうだ。耕作放棄地に見なされれば税金が高くなる、定期的に耕しては草ぼうぼうにならないようにしているが、風が強い日には土埃が舞い上がる。

 農地の有効活用をもう少し考えたほうがいいのかもしれない。

 

 

 農地への炭素貯留の事業を推進するため、住友商事と米国のアグリテック系ユニコーン企業の「Indigo Agriculture」が協業を始めるそうだ。

そのIndigoは、自然の力を利用する「持続可能な農業」の実現をミッションとしているという。「環境保全型農業」を導入し、それによって増加した炭素の貯留量を、「三者認証付きの排出権」として買い取り、企業などへ販売する仕組みを構築、農家のコスト負担を軽減し持続可能な農業へのシフトを可能にしたという。

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(画像:住友商事

環境保全型農業」とは、土壌の炭素貯留量拡大に資する農法の総称で、同じ農地で同一の作物を栽培し続けるのではなく、複数の作物を順番に栽培する輪作や栽培した植物を収穫せず、田畑に入れて肥料とする緑肥、堆肥の使用などのことを指すという。 

www.sumitomocorp.com

 手間がかかり、経費出費が多そうな農業にあって、「排出権取引」などで収入が保証されれば、インセンティブになり、就農人口が増えたりするのだろうか。

 

  

 農業は、増加する人口に食料を供給するだけでなく、最大の気候ソリューションになりうるというのはTechCrunch。その「環境再生型農業」を巡っては熱狂が起こり、それによって気候変動の影響を大規模に軽減できる可能性と結びついているという。

土壌炭素隔離によって年間2億5000万トンの二酸化炭素を除去できる可能性があると推計しており、これは米国の排出量の5%に相当する。 (出所:TechCrunch)

jp.techcrunch.com

 住友商事が「Indigo」に投資する理由もそういうところにあるのだろうか。

 

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 一方、農林水産省は、脱炭素社会実現に向けた農林水産分野の取組として、「みどりの食料システム戦略」を掲げ、2050年までの農林水産業のCO2ゼロエミッション化の実現を目指す。

 2050年までに、輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量の30%低減を目指し、オーガニック、有機農業については、2040年までに主要な品目について農業者の多くが取り組むことができるよう次世代有機農業に関する技術を確立、2050年までには、オーガニック市場を拡大させ、耕地面積に占める有機農業の取組面積の割合を25% (100万ha)に拡大することを目指すという。

 化学農薬については、2040年までに、ネオニコチノイド系農薬を含む従来の殺虫剤を使用しなくてもすむような新規農薬等を開発し、2050年までに、化学農薬使用量(リスク換算)の50%低減を目指すという。

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(資料:農林水産省

 「農林業センサス」で示された就農状況と、これからの農業の可能性との間にギャップがあるように感じる。NHKによれば、農林水産省は、5月中旬にも検討会を設け、若い世代を中心に新たに農業を始める人を増やし、定着させるための対策について集中的に議論を行うという。

 国が示す脱炭素施策は、もしかして現状の農家の収穫量とコンフリクトしないだろうか。もちろんオーガニックがベターであることは理解するし、消費者にとっても手軽にオーガニックの食品が手に入るのであればありがたいことではるあるけれども。

 父が遺した大きな家庭菜園のとなりは老夫婦の畑だった。その働きぶりを見ていると農業のたいへんさを少しばかり知る。

 努力に見合った報酬と感じなければ、それを維持するのは厳しいのかもしれない。続けていくためには、インセンティブは多い方がいいのだろう。

 この先、どれだけ就農する人が増えるのだろうか。環境再生型農業に挑戦する人は増えていくのだろうか。

 

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【変わる地球の風景を守れるか】気候変動で消え失せる運命の氷河、縮小する北極海の海氷

 

 気候変動の影響がまたひとつ顕わになる。ネイチャー誌が世界の氷河が減少していると報告する。

気候変動21世紀に入って加速した世界の氷河の質量減少(Climate change: Accelerated global glacier mass loss in the twenty-first century)」

 今回研究対象となったのは全世界の21万7175か所の氷河(氷床を除く)。

 21世紀初頭の20年間における標高の変化を推定した上で、この推定値を高精度測定値を用いて検証、個々の氷河の体積と質量の変化が算出されている。その結果は、2000~2019年の全世界における氷河の質量減少量は、平均で年間267ギガトン、観測された海水準上昇の21%に相当すると推定されたという。世界の氷河の質量減少は、2000年以降の各10年間に毎年48ギガトンのペースで加速しているという。

www.natureasia.com

 研究チームは、これまでの研究と比べて、氷河の質量減少を巡る不確かさが著しく減り、氷河の質量減少に関する地域的パターンの定量化、背後にある気候要因、質量減少の推定加速度に対する信頼性が高まったと結論付ける。

 

 

消えゆく運命の氷河 一部が2050年までに完全に消失

今回の研究結果は厳しい未来に警鐘を鳴らしている」と、wiredが指摘する。

現在の傾向が続けば、標高の低い山地の一部では2050年までに氷河が完全に失われることが分析で示されていると、バンバーは言う。「研究自体やその成果は素晴らしいものですが、最上段に掲げられたメッセージはとても悲観的です。

氷河は消えゆく運命にあり、水源や自然災害、海面上昇、観光、そして地域の生活に深刻な影響を与えているのです」 (出所:wired)

wired.jp

 また、米アラスカ州では融解する氷が原因で地震の規模が大きくなっているとwiredは指摘する。

「氷河の下にある地面が隆起して圧力が解放され、付近の断層にかかる力に影響を及ぼしているのだ」というアラスカ大学フェアバンクス校の研究者たちの論文があるそうだ。

 氷河の消失=質量喪失が地殻にも影響するとは少しばかり恐ろしい話にも聞こえる。

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 パリ協定で地球の温暖化を1.5℃以内に抑えようといっても、温暖化が続く限り、氷河は消えゆく運命にあることに変わりないということなのだろう。

 

日本の氷河の運命は

 小さいながらも日本にも氷河はある。影響はあるのだろうか。

北アルプス剱岳の三ノ窓雪渓と小窓雪渓、立山の御前沢雪渓が氷河に認定され、その後、剱岳の池ノ谷(いけのたん)雪渓と、立山町にある立山内蔵助(くらのすけ)雪渓、鹿島槍ヶ岳カクネ里雪渓も氷河と判断され、2019年に氷河と確認された唐松岳の唐松沢雪渓(長野県白馬村)も合わせると、昨年2019年時点で日本国内の氷河は最大7カ所」。

dsupplying.hatenadiary.com

 

 研究の通りになれば、30年後の2050年には世界でいくつかの氷河が消失し、今まで目にしてきた風景と違う自然がそこに現れることになる。変化はゆっくりと進んでいく。

 そこにあるはずの氷河がなくなっていることにあるときに気づく。これからそんなことが日常茶飯事になるのだろうか。悲し過ぎることかもしれない。

 少しでも遅らせるためにも、気候変動対策を加速させなければならないのだろう。

 

 

温暖化の恩恵なのか、北極海航路

 北極海航路、ロシア・シベリア沖の北極海を通って大西洋側と太平洋側を結ぶ航路のことをいう。

 温暖化の影響で北極海でも氷が消失し、今世紀に入ってから海氷が解ける夏は、この航路を使って欧州と東アジアを船で行き来できるようになったという。

 米国は「北極海航路は21世紀のスエズ運河になる」といっているそうだ。

 一方、スエズ運河では、台湾の長栄海運(エバーグリーン・マリン)が運航する「Ever Given」が座礁して航路をふさぎ、貨物船の大渋滞が起きた。 

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(写真:NIKE

 この北極海航路の使用について、NIKE(ナイキ)は反対し、不使用宣言している。

 その理由は、北極海における海運の増加が、世界でも最も脆弱な環境に大きな影響を与える可能性があるという。

nike.jp

 このNIKEの宣言に、事故を起こした長栄海運も賛同していた。

 何か皮肉も感じるが、こうしたことを気候変動対策を強力に進める契機にしなければならないのだろう。

 

www.sankei.com

 

「関連文書」

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イギリス 驚きのコロナ社会実験、脱出は近いのか

 

 感染者が激増していると聞くと、出るのはため息ばかり。一方、コロナ渦で苦しんでいたはずの米国や英国では明るい兆しが見え始めているようだ。

 ニューヨークでは7月から経済活動を「全面再開」することを計画し、イギリスでは感染対策なしのダンスパーティーの実験が行われたという。

 驚愕、「Clubbing comes back: 'This is the best day of my life'」、羨ましいなんて言っていいのだろうか。

www.bbc.com

 BBCによれば、これは、政府による大規模イベントのパイロットの一部だという。このプログラムでは、この他にもサッカーのFAカップ決勝と音楽祭でも行われるそうだ。

 

 

 ほんの少し前までは、比較にならないほどの感染が広がっていたはずの国で、感染者が激減している。イギリスの4月末日の感染者数は2400人を切り、7日間平均でも2300人を下回る。死亡した人も15人に減少。信じがたい状況だが、出口は確実にあることの証左なのだろう。

 ロイターによれば、ジョンソン英首相が「感染者の急速な減少をもたらしているのはワクチン接種ではなく、主に3カ月にわたるロックダウン(都市封鎖)だ」と指摘し、「規制緩和に伴い感染者は再び増加する見通し」と述べたという。そして、確実な脱出へ向けての準備が進む。

jp.reuters.com

 

  爆発的な感染がないことは良かったのかもしれないが、ずるずると長引くのはしんどい。逆にこうした状況が気の緩みを生み、さらに長引かせる要因になったりしているのだろうか。

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 イギリスでは、ヒトを意図的に感染させる「チャレンジ試験」を行なうという。ブルームバーグによれば、この種の試験は前例がなく、より有効なコロナウイルスワクチンを開発する方法の解明につながると期待されているそうだ。

www.bloomberg.co.jp

 

 自ら感染し、重篤化し、生死を彷徨った経験があるからこそ、発揮できるリーダーシップなのだろうか。 

dsupplying.hatenablog.com

 

 昨年のメルケル独首相の言葉を思い出す。

「みなさんの忍耐に感謝します」

「“その後”は必ず訪れます.....「結果論」としての素晴らしい生活がいつ戻るかは、いまの私たちの手にかかっているのです。共に力を合わせて、この危機を乗り越えましょう。それが、私たちにいまできることなのです」。 (出所:クーリエジャポン

courrier.jp

 

 「その後」が待ち遠しい、そう感じながらゴールデンウイークを過ごす。