ファーストリテイリングが好調のようである。10月15日、業績発表を行ない、2021年8月期の連結純利益が過去最高になる見通しだという。
日本経済新聞によれば、好業績のけん引役は「DX デジタルトランスフォーメーション」の取り組み、無駄のない生産体制の構築が進んでいるという。ECでの購買履歴や店頭の商品に付けたICタグの記録から売れ筋商品を分析、収集したデータを全社で共有し、人工知能(AI)も活用しつつ、売れ筋商品を的確に生産・販売する仕組みを整えているという。
- より良い社会を作るという理念が「共感」を生む
- エーザイの「ESGと企業価値の実証研究」
- hhc理念 患者様との「共感」
- 「知識創造理論」とのスパイラル
- 成果を活かす、そして伝える
- 患者様の「憂慮」と真に向き合う
- DXと「人間の創造性」
より良い社会を作るという理念が「共感」を生む
記事を読めば、「DX」という時流に乗り、注目が集まるとの印象があるが、当日記者会見に登壇した柳井CEOの言葉を聞くと少し違った印象もある。柳井CEOの「社会の役に立つ」という並々ならぬ信念の強さがうかがえる。
「より良い社会をつくるという理念が明確で、あらゆるビジネス活動においてこの考え方を貫いている」と柳井CEOは語り、「世界中の優秀なデザイナーやクリエイターが共感し、安心して付き合ってくれる」と述べたそうだ。
これからの時代、お客様は本当に社会に役に立つ企業でしか商品を買おうとしない。
商品やサービスに対するお客様の要求もシビアだが、それ以上に、その企業がどこに向かおうとしているのか、お金を払う企業であるかどうかを厳しく見ている。 (出所:Yahooニュース)
エーザイの「ESGと企業価値の実証研究」
「ESGの価値、DXで明らかに」という日経ESGの記事のタイトルが気になった。
流行り言葉を掛け合わせた記事かと思ったが、読んでみた。こちらの記事は、製薬会社の「エーザイ」のことが書かれていた。
エーザイのことはあまり詳しく知らない。知っているのは、使ったことはあるチョコラBBとザーネクリーム。
サプリメントに興味を持つきっかけがチョコラBBだった。そのくらいのことだった。
記事は、エーザイが統合報告書で公表した「ESGと企業価値の実証研究」をもとに書かれ、エーザイが得た研究成果を解説した上で、ESG経営の進化は「DX」が鍵を握っていると結論付ける。
データを分析して明らかになったのが、人件費、女性管理職比率、障がい者雇用率、健康診断受診率など、人的資本に関する取り組みの多くでPBR(株価純資産倍率)の向上が見られたことだ。
また、研究開発費や医療用医薬品の承認取得数など、研究開発に関する取り組みでも効果が見られた。 (出所:日経ESG)
「ESG経営進化の鍵はDX」という結論には正直あまり興味がなかった。
それより、エーザイの実証研究の取り組み自体に興味がわいた。早速、統合報告書を確認することにした。そんなに多くの企業の統合報告書を読んでいるわけではないが、エーザイの報告書についつい引き込まれてしまった。
hhc理念 患者様との「共感」
統合報告書はエーザイの「マテリアリティ(重要課題)」から始まり、エーザイの企業理念である「ヒューマン・ヘルスケア(hhc)理念」へと続く。その内容を野中郁次郎一橋大学名誉教授との対談で解説する。
ヒューマン・ヘルスケアとは
hhcとは、エーザイの企業理念であるヒューマン・ヘルスケア(human health care)の頭文字で、
「患者様・生活者の皆様の喜怒哀楽を第一義に考え、そのベネフィット向上に貢献すること」を意味しているという。
「最も大切な患者様との「共感」をどのように実践に向けるべきか」、
エーザイの内藤CEOは7年間もの間、悶々としていたという。変化は野中教授の提唱する理論との出会いから起きる。
「共感」が成立しなければ新たな「知」が創造できないという野中教授の「知識創造理論」に出会って驚愕し、エーザイの理念経営に融合したという。
社内浸透しない理念 転機は「知識創造理論」
1989年の宣言当初は社内への浸透に苦労したというが、「知識創造理論」の実践で徐々に進展していく。
未来創造のためには「共感」を土台にした直観を、妥協も忖度もない徹底的な対話を通じて集合的な「知」へと磨き上げなければなりません。
hhcカンパニーにおいては、社員一人ひとりが人間としての存在意義、生きる目的を探求することが必要です。 (出所:エーザイ統合報告書)
「知識創造理論」とのスパイラル
統合報告書の序段で、企業理念を解説することはあっても、その背景にある論理にまで言及するケースはあまりないように思う。エーザイはあえてか、野中教授の「知識創造理論」の概略を統合報告書で説明する。
「共感」と「同感」は異なると野中教授は指摘する。
「共感」は他者の意識を経験し、一心同体となる無我の状態です。
「共感」の本質は、出会いです。... この「共感」が知識創造の最も重要な起点になります。
向き合った患者の痛み、悲しみを自らのこととして心身全体で感じることからしか、その痛みや悲しみの本質は見えてこないからです。 (出所:エーザイ統合報告書)
さらに、「唯識」に言及し、無意識の根底にある阿頼耶識(あらやしき)が本当の創造性の原点と指摘する。
「共同化」のプロセスで主観的な暗黙知をお互いに交換していると、内面から自然と「共感」が湧き起こって「われわれの主観」ともいうべき相互主観の状態(Intersubjectivity)となり、患者様やそのご家族の心の奥深くにある潜在的な「憂慮」を抽出することができます。
それは感情よりももっと悲哀を帯びているかもしれません。
ご家族など大切な人への強い想いや、ご自身の人生を占めている大きな価値観の喪失から生じているものかもしれません。
患者様の心の深い部分から湧き起こる切実な「憂慮」に触れたとき、この人の役に立ちたい、何とかしたいという心を突き動かすような動機が生まれます。
この動機こそが、相手の「憂慮」をつかめたという根拠であり、「患者様のため」という気持ちの源泉となり、他でもない私たちが働く理由となり、ひいては生きる意味まで感じることになるでしょう。
それぞれが人生の歴史や物語をもつ患者一人ひとりとの全身全霊の出会いにおける共感から始まって、「憂慮」の本質をつかみ、形式知化して仮説を打ち立て、実践していく必要があります。
(出所:エーザイ統合報告書)
この内容をわざわざ統合報告書に記そうとの動機とは一体何なのであろうか。ただ患者さまに寄り添いたいという強い信念から生まれたということなのであろうか。
成果を活かす、そして伝える
2006年、エーザイは定款を変更した。
先に定款に追加した「本会社は、患者様とそのご家族の喜怒哀楽を第一義に考え、そのべネフィット向上に貢献することを企業理念と定め、この企業理念のもとヒューマン・ヘルスケア(hhc)企業をめざす」という理念に続き、
「本会社の使命は、患者様満足の増大であり、その結果として売上、利益がもたらされ、この使命と結果の順序を重要と考える」と、企業理念とエーザイの使命のつながりを記したという。
患者様の「憂慮」と真に向き合う
そして、CEOの内藤氏は、患者様との「共感」と「憂慮」を大切にする。
「共同化」において、喜怒哀楽を感じるだけでは表層的な暗黙知にとどまっている可能性がある。
喜怒哀楽の根源である心の深部の「憂慮」に気づき、その「憂慮」を抽出し、「憂慮」を解消する戦略を策定し、実行することが期待されている。
(出所:エーザイ統合報告書)
初めて製薬会社の統合報告書を読んでみた。非常に興味深い内容だった。母が認知症を患っていることもあるからであろうか、「次世代認知症治療薬開発の進展」に関して興味を持つことができたし、研究開発の進展に期待してみたいと思ったりした。
認知症の治療薬を開発するということは、「脳の働き」と「人の心」を科学し、「記憶」の謎を解くことなのかもしれない。そして、それが様々な研究へとつながっていく。そうした企業文化が、「知識創造理論」による経営理念作りにもつながったりしたのだろうか。
DXと「人間の創造性」
野中教授は、デジタル化、DX デジタルトランスフォーメーションについて、「デジタル世界の数値、データに意味をもたらすのは、あくまで人間の創造性」という。
「多様な人々の、無意識も含めた暗黙知をすくいあげ、共に創造的活動に邁進することなしに、未来は開けないのです」という。
何か、DXの本質を言い当てているような気がする。どんなことがあっても、DXがすべての問題を勝手に解決することはないだろう。どんなビジネスであれ、自分一人だけで進めることはできない。
エーザイの中で始まった「ESGと企業価値の実証研究」も、こうした背景があってのことなのだろうか。この研究で得られた成果も、形を変え、患者さまのためのベネフィットに活かされていくのだろう。
「関連文書」
「参考文書」