木工製品を作りたいと思い、小田原市にある工芸技術所を何度か訪ねた。木や木工に詳しかったわけではなかったが、相談に行くことで、様々な学びがあった。挽き物や木象嵌、指物など多様な木工技術や木の種類、そして、箱根・小田原地区での木工の歴史について丁寧に教えてくれた。
小田原地区に箱根の山があったおかげで、木工が栄え、かつては玩具など多くの木製品が海外に輸出されていたという。技術所には、その当時の製品が多数保存され、その歴史を知ることができる。ありとあらゆるものが木から作られていた。
また少しずつ木の価値が見直されているのだろうか。
国内初の純木造の7階建てテナントビルが仙台市に完成したという。国内最高層だそうだ。製材を主要な構造材として使用しているという。東北で初めて、持続可能な森林運営を目指す国際認証制度「PEFC」のプロジェクト認証を受けたという。木の地産地消につながればいいのかもしれない。
設計・施工したのは山形のシェルター社。シェルター社によれば、複数の製材を束ね合わせて製作する柱や梁、木質耐火部材“COOL WOOD” 等、最先端の技術を採用しているという。
河北新報によれば、「都市部で中高層の木造建築が実現したことで、都市で生まれた利益を地方に還元できる。森林を活用し、地方創生につなげたい」と、シェルターの木村会長が述べたという。
「東京で「儲かる林業」は実現するか――森の管理、木材のブランド化に取り組む若者たち」として、Yahoo Japan CREATOSが紹介する。
その東京チェンソーズは、「利益ある成長」、「身近な林業会社」、「地域貢献」などを経営方針に掲げ、持続可能な林業を目指しているそうだ。
国際的な森林認証制度「FSC®認証」を取得、檜原村時坂地区に所有する自社有林で、森林の環境保全に配慮し、地域社会の利益にかない、経済的にも継続可能な形で木材を生産する。
かつて先人は、子や孫の財産となるよう山に苗木を背負い上げ、一本ずつ丁寧に植えました。夏には大汗をかきながら下草刈りをし、丹念に育て上げた木が、今まさに活用できる時期を迎えています。
しかし、木材価格の下落に伴い、山仕事で生計を立てることが難しくなり、子や孫の世代は山から離れてしまいました。私たちは先人の思いを胸に、山を預かり、丁寧に手入れをし、財産価値を高めることを仕事としています。 (出所:東京チェーンソーズ)
かつては国内の森林を伐採、住宅を建設し、林業が一大産業になっていた。その後、需要は低迷、安価な輸入材に押され、やがて林業は衰退、森は荒廃していった。木々が密集し、森の中は真っ暗、地面には植物がほとんど生えなくなる。森が天然のダムとしての機能を失い、下流域では災害の危険が増す。
東京、檜原村にある杉林が今そういう状態にあるという。 「緑の砂漠といいます。空から見た時は緑豊かな森に見えるけど、中に入ると林床は砂漠状態なんです」と話す東京チェーンソーズの青木氏の言葉をCREATORSが紹介する。
林業がさかんだったころに植えられた木々が樹齢60~70年を迎える。
「木材価格が低迷し、林業に従事する人が減り続けるなか、その豊かな資源は放置されている」と青木氏はいう。
「木のおもちゃの自給率は、数パーセントといわれていて、すごく伸びしろがあるなと感じています。おもちゃ美術館にやってくるのは、子どもたちです。その子どもたちが、檜原村は『自然が豊かな、木のおもちゃの村』と認知してくれる。20年後、彼らが大人になって子どもができた時、『檜原に行けば木のおもちゃが買えるよね』って、またここに来てくれる。
林業は木を植えてから収穫するまで、60年かかります。きちっと地に足をつけて自分たちで市場を作り出していく。そういうことが向いているのかもしれません」 (出所:Yahoo CREATORS)
小田原の工芸技術所で聞いた箱根の話を思い出した。かつて輸出までしていた「木のおもちゃ」が輸入に頼頼るようになった。それなのに、国内には資源が余るほどある。少しばかり矛盾も感じたりする。
小田原地方木製品製造業経営課題等把握事業報告書(工芸技術所)
サステナブルな林業が再興すれば、様々な問題も解決に向かうのかもしれない。持続可能であればこそ、そこからは適正な利益も生まれるのだろう。
アップルは森林再生に2億ドルの基金を創設した。その意味が理解できるような気がする。
「参考文書」