Up Cycle Circular’s diary

未来はすべて次なる世代のためにある

【脱・肉体労働】スマート農業の現在地と未来図~農業を「知的産業」に変える

 新米の販売に急ブレーキがかかっているとの報道が相次いでいます。新米価格の高止まりが続き、家計が圧迫される消費者は「コメ離れ」という形で静かな抵抗を見せているのでしょうか。

「米価暴落の可能性、国が買い取るしか…」コメ卸最大手神明HD社長 [令和の米騒動]:朝日新聞

 これは新米価格が「消費者にとって許容できる限界の壁」を超えたことを意味していそうです。このままでは、コメの消費は縮小し、日本の主食市場全体が崩壊に向かうかもしれません。

「おこめ券」のような一時的な支援策も大切ですが、政府が本当に目を向けるべきは、コメの価格が高くなっている「根本の原因」を突きとめ、問題解決に道筋をつけるべきではないのでしょうか。

 

 

「構造的な高コスト体質」、日本のコメ農業が抱える問題です。そこに「肥料・燃料の高騰」などの外圧が加わり、農家はコスト増に苦しんでいるといいます。

【深掘り】高止まりの新米価格、なぜ日本のコメは高い?農政混乱の裏にある『高コスト体質』という病 - Up Cycle Circular’s diary

 この悪循環を解消するため「スマート農業」の導入が始まっています。2019年からスマート農業実証プロジェクトが始まり、2024年にはスマート農業技術活用促進法が施行されるなど、技術の現場導入は加速フェーズに移行しているようです。

「スマート農業」、すでに現場で、ドローンによる作業時間を60%以上削減するといった驚くべき効果を上げた事例もあります。特に、人手とコストがかかっていた作業の「超省力化」は、深刻な人手不足と高齢化に苦しむ日本の農業に、具体的な解決策をもたらします。

技術名称 具体的効果(実証データ) 労働の質的変化
ドローン農薬散布 作業時間 平均61%短縮 ホースを引っ張る必要がなくなり、作業者の疲労度が激減。セット動力噴霧と同等の防除効果を維持。
自動水管理システム 作業時間 平均80%短縮 作業小屋から遠い水田への見回りが不要に。深水管理や高温対策も適切かつ自動で実施可能。
直進アシスト田植機 作業時間 平均18%短縮 熟練の技が必要だった直進操作を支援。新規就農者でも操作可能となり、若者の新規雇用につながる。

 コメ生産の現場で何が起きているのか、具体的に「肉体労働の呪縛」から解放された最前線を見ていきましょう。

(写真:DJI Japan)

技術の標準化と担い手の拡大

「スマート農業」の最大のポテンシャルは、熟練農家の「経験と勘」を機械が代行し、誰でも高品質な作業ができるようにすることです。

直進アシスト田植機

 作業時間を平均 18%短縮するだけでなく、熟練技術が必要だった「真っ直ぐ植える」作業を機械が支援します。この結果、女性の作業参画が可能になり、さらに新規就農者でもすぐに現場で操作できることから、若者の新規雇用に繋がるという、人手不足解消の切り札となっています。

クボタの事例にみる技術継承

 大手農機メーカーのクボタが推進するシステムでは、機械が作業を支援することで「1年で一人前」の作業を可能にしています。

クボタ、スマート農業で若手就農を支援 「1~2年あれば一人前」:日経ビジネス電子版

これは、農業が「技術継承に何十年もかかる産業」から、「テクノロジーでスキルを標準化できる産業」へと変化していることを示しています。若者が、経験や体力ではなく、データや機械を使いこなす「知力」で勝負できるフィールドが整いつつあるのです。

 自動化は単なる省力化で終わりません。精密農業へと進化することで、「高コスト体質」の打破に直結します。ドローンやコンバインで得た生育データ(収量・食味)を解析し、「この場所には肥料が多い/少ない」といった情報を基に、次年度の施肥量を細かく調整します。

 この技術革新こそが、農業を「単に食料を作る産業」から、「データとAIを駆使し、高収益を追求する知的産業」へと変貌させる原動力になりそうです。

 

 

コメ農業の未来図

「スマート農業」の究極の目的は、省力化で生まれた時間と労力を、「稼ぐための戦略」に振り向けることです。Z世代の新規就農者、馬田雄大氏が「あなたが選ぶ日本一おいしい米コンテスト」で優良金賞を受賞した事例は、その最たる成功例です。

優良金賞獲得の秘訣(ドローン使用事例)

 播種、肥料散布、防除の全工程にドローンを使用。従来の育苗や田植えにかかる多額の投資と労力を不要にしています。同時に、ドローンと可変施肥の併用により、肥料の量と薬剤を正確に制御し、生育を均一化。これが米の食味の安定化に直結し、高品質な米を生み出しました。田植機で1日2haだった播種が、ドローンなら1日で約10haを可能にし、大幅な効率化を達成しています。

(写真:DJI Japan)

コメ農業の定義が変わる

 コメ農業が「重労働」から「データ分析と機械制御が中心の知的産業」へと転換していきそうです。未来の農業従事者に求められるのは、トラクターを操縦する人ではなく、ドローンとAIを使いこなして経営を最適化する「アグリテックCEO」としての資質になるのかもしれません。

 今、農業に参入するということは、単にコメを作るのではなく、最先端のテクノロジーとデータサイエンスを駆使して、日本の古い構造を打ち破る、最もエキサイティングなフロンティアに立つことを意味しそうです。

🚧 現在の課題と「ギャップ」

 スマート農業が驚異的な効果を上げている一方で、普及を妨げている課題も存在します。この「ギャップ」こそが、新しいビジネスの種になるのかもしれません。

課題の側面 具体的な課題 成長の余地(機会・チャンス)
初期投資とコスト 自動運転農機やセンサーは依然として高額。小規模農家や新規就農者には手が届きにくい。 サブスクリプションモデルの創出: 高額機器のシェアリングサービスやレンタルビジネス、リースモデルの事業化。
技術の統合とデータ活用 各メーカー(クボタ、ヤンマーなど)のシステムやデータに互換性がなく、データが断片化している。 プラットフォームビジネス: 異なるデータを統合・解析し、農家向けに最適な経営アドバイスを提供するコンサルティングSaaS(Software as a Service)事業。
通信インフラ 山間部や広大な農地では、安定した5Gや光ファイバーの通信環境がまだ整備されていない。 インフラビジネス: 農業専用の通信網(ローカル5Gなど)の構築や、安価で信頼性の高いセンサー技術の開発。
人材育成 高齢農家にはIT機器の操作が難しく、技術を導入しても使いこなせないケースがある。 アグリテック教育: 高齢者でも簡単に使える操作インターフェースの開発や、技術導入後の徹底したOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)サービス。

 これらの課題は、スマート農業が「完成した技術」ではなく、「今まさに成長過程にある産業」であることを示しています。

まとめと次回予告

「スマート農業」は、非効率で高コストだった日本の農業に「ソリューションがある」ことを明確に示しています。しかし、技術を導入しただけでは、安定した高収益は実現できません。次回は、この技術で実現した生産効率を、「いかに安定的な収益へと繋げるか」というビジネスモデルに焦点を当てます。農地を「食料工場」から「環境・エネルギー工場」へと進化させるソーラーシェアリングとカーボンクレジットの可能性を探ります。

 

「参考文書」

農業肥料3年ぶり高値 中国が輸出規制、食料価格に上昇圧力 - 日本経済新聞

おいしいお米コンクール優良金賞受賞者の作付けの秘密〜DJI農業ドローンで全工程管理〜 | DJI JAPAN 株式会社のプレスリリース