「財政を緩めるのは、結局は政治である」。 エコノミストの中空麻奈氏が投じたこの言葉は、単なる財政規律への警告を超え、現代日本の民主主義が直面している「空洞化」の正体を射抜いていないでしょうか。
財政弛緩を導くのは、結局は「政治」|中空麻奈(BNPパリバ証券グローバルマーケット統括本部 副会長)
防衛費の拡大、円安、株高。これらバラバラに見えるパズルのピースを繋ぎ合わせると、そこには「ファシズム前夜」とも呼ぶべき、既視感のある不穏な絵図が浮かび上がってきます。
1. 「ハイブリッド体制」への変容という罠
いま知識人たちが注視しているのは、ハンガリーのオルバン政権です。民主主義の手続き(選挙)を利用しながら、メディアを掌握し、法の支配を形骸化させて独裁化していく「ハイブリッド体制」。
注目のハンガリーの国民議会選挙|中空麻奈(BNPパリバ証券グローバルマーケット統括本部 副会長)
高市政権の動きに、その相似形を見る視線が厳しさを増しています。中空氏が懸念する「政治による財政弛緩」は、まさに大衆の歓心を買うための打ち出の小槌であり、その代償として私たちは、自律的な批判精神を少しずつ権威へと明け渡しているのです。
2. 「陳腐なナショナリズム」への逆行
Forbesの記者や作家の江上剛氏が指摘するのは、現在の経済戦略がいかに「古臭い全体主義への逆行」であるかという点です。
高市首相の経済戦略は自民党の陳腐な政策の繰り返し 米経済記者が批判 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
防衛装備品の輸出解禁や、特定産業への巨額支援。これらは新しさなど微塵もない、昭和の成功体験の焼き直しに過ぎません。しかし、複雑な世界を解き明かす「理性の言葉」を失った大衆にとって、この「強くて分かりやすい陳腐な物語」は、何よりの救いとして機能してしまいます。
「ファシズム前夜」に似た空気感◆人気政治家が進める政策の行き先【作家・江上剛コラム】:時事ドットコム
江上氏が危惧する「ファシズム前夜」の空気感。それは、異論を唱える者を「反日」や「リベラルの残党」とラベル貼りし、排除していく不寛容な熱狂の中に色濃く漂っています。
3. なぜ私たちは、精神を明け渡すのか
なぜ、知識人がこれほど危機を叫んでいるのに、社会の主流派は「株高」という熱狂の中で思考を止めてしまうのでしょうか。 そこには、平野啓一郎氏の説く「分人」の窒息があります。
「一人の国民」としての強い一体感(ナショナリズム)を強要されることで、私たちは自分の中にある「多様な自分(分人)」を否定し始めます。生活を案じる自分、平和を願う自分、他者を思いやる自分……。それらすべてを「強い国家」という単一の物語(全人)に同化させる。この**「自己の単純化」こそが、権威に精神を明け渡す際の発火点**です。
4. 結び:民主主義の「サステナビリティ」を求めて
山口周氏が説くサステナビリティ(持続可能性)とは、本来「民主主義そのもの」にも適用されるべき概念です。 目先の株高や「強さ」という利益のために、将来の世代が支払うべき財政負担や、社会の多様性を売り払う。それは、国家レベルでの「未来からの搾取」に他なりません。
私たちは、156円の円安や拡大する防衛費に目を奪われるだけでなく、その裏側で自らの精神がどのように「去勢」されているかを自覚しなければなりません。 民主主義とは、手続きのことではなく、私たちが「自分の複雑さ」を守り抜こうとする意志のことです。「2+2=5」という強要に抗い、理知的な怒りを持ち続けること。それだけが、この狂騒の舞台を降り、本物の「自律」を取り戻す唯一の道なのです。
(あとがき) 「取り組みを間違えていないか」という問い。これは今の日本を覆う「空気感」への拒絶なのかもしれません。株価が上がり、勇ましい言葉が飛び交う時こそ、足元で崩れ去っている「義」の重さを再確認したい。私たちが守るべきは、株価指数ではなく、自由に問いを立てる権利ではないでしょうか。




