広告代理店 電通的な「演出」から、伊藤忠的な「実業システム」へ。広告がこの先、変わっていくのかもしれません。この新しい世界では、SDGsや脱炭素が自動的に推進していくことになるのでしょう。そこでは、私たちの「善意」や「迷い」さえもデータ化され、最も合理的な形で社会貢献へと変換されていくことになるのでしょう。
それは間違いなく、2030年のゴールへ向けた最短ルートとなり得ます。しかし、その「完璧なシステム」の傍らで、私たちは言いようのない**「人間性の欠乏」**を感じるはずです。
1. 「システム化された誠実さ」の限界:アルゴリズムは「痛み」を感じない
商社やAIが駆動する循環型社会では、私たちは「正しい行動」を強制されるのではなく、「得だから、便利だから」という理由で自然に環境に良い選択をします。
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システムの利点: 「利他性のジレンマ」が解消され、個人の意志の強弱に関わらず社会が改善される。
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潜むリスク: しかし、システムがすべてを解決してくれる時、私たちは**「なぜこれが正しいのか」「誰が犠牲になっているのか」**を考えることを止めてしまいます。誠実さが「自動化」されることで、私たちの「倫理観」という筋肉が退化していくのです。
2. 今こそ必要な「人間臭い広報」:証明の先にある「物語」
データの裏付けは、これからの企業の最低条件です。しかし、システムが弾き出す「正解」だけでは、人の心は動きません。
これからの「人間臭い広報」に求められるのは、効率化の影に隠された「葛藤」や「失敗」をあえて語ることです。
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効率への反逆: 「この商品は、AIの計算によれば作らない方が合理的だった。しかし、この職人の技術を次世代に残すために、あえて私たちはこれを作る」。
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不器用な誠実さ: システムが提示する「最短距離」ではなく、あえて遠回りをしてでも守りたかった価値観。その**「非合理な情熱」**こそが、Z世代・α世代が最終的にブランドを「信頼」し、「愛する」ための最後のピースになります。
3. 「問いを立てる力」:システムを使いこなし、システムに飼われない
これからは、システムを「信じ切る」のではなく、常に**「問い続ける」**側に回ることが求められそうです。
「年寄りがつくった未来でいいのか」という柳井正氏の問い。それは、新しく構築される「商社のOS」に対しても有効です。
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広報の真の役割: 広報とは、単に情報を流すことではありません。社会に対して、あるいは自社に対して、**「その効率の先に、私たちの幸せはあるか?」**という問いを投げかけ続ける「炭鉱のカナリア」であるべきです。
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次世代へのバトン: Z世代・α世代の超合理性は、決して冷徹なマシーンになることではありません。彼らの「最新アプリ」が真に輝くのは、システムが提示する「正解」を疑い、自分たちの肌感覚で「善き未来」を定義し直す時です。
まとめ:古い未来を壊し、人間性を回復するために
本連載を通じて見てきた「憂鬱」の正体は、私たちがシステムの一部(歯車)としてしか扱われてこなかったことへの悲鳴でした。
最新のシステムによって、SDGsや循環型社会が「インフラ」となった時、ようやく私たちは「生き残ること」のための計算から解放され、「どう生きるか」という贅沢な問いに向き合えるようになります。
システムを「誠実さ」の土台とし、その上に、不器用で、熱く、時には非合理な「人間性」を積み上げること。 2030年、その先にあるのは、数字で管理されたユートピアではなく、「問い」と「対話」が溢れる、体温を持った社会であると信じています。