花王は2026年4月30日、臨時株主総会を開催し、香港の投資ファンドであるオアシス・マネジメントによる株主提案を否決しました。今回の総会で異例の争点となったのは、花王の主力製品の原材料である「パーム油」の調達体制です。
花王の臨時株主総会、供給網管理巡るオアシスの株主提案を否決 | ロイター
オアシス側は、花王のサプライチェーン(供給網)の管理体制に重大な懸念があるとして、外部調査担当者の選任を強く求めていました。
これまで「ESGの優等生」といわれてきた花王のパーム油調達が、なぜ今、これほどまでに問題視され、激しい攻撃の対象となったのでしょうか。
そこには、既存の調達ガバナンスにおける「構造的な欠陥」と、グローバルなアクティビズムが求める「管理の基準」との間に横たわる、深い断絶がありました。本稿では、調達の視点から、この問題の本質を解き明かしていきます。
1. パーム油調達が抱える3つの構造的問題
パーム油というコモディティの調達において、なぜガバナンスの機能不全が指摘されたのか。そこには3つの構造的な「壁」が存在します。
- 「認証(RSPO)」の安全神話と、その限界
多くの日本企業にとって、国際的な第三者認証制度「RSPO認証(持続可能なパーム油のための円卓会議)」を取得すれば、環境破壊や人権侵害に配慮して生産された持続可能なパーム油(CSPO)との保証を得られ、「これさえあれば潔白である」という免罪符でした。しかし、たとえ認証下であったも、認証油と非認証油が混ざることを許容する「マスバランス方式」では、非認証油が使われているという事実は否めません。もはやこれだけでは、アクティビストや投資家が求める「健全性」の証明にはなり得なかったようです。 - 情報の非対称性と「丸投げ」の代償
商社や仲介業者が多く介在することで、一次情報の透明性が著しく低下します。「商社が大丈夫だと言っているから」という依存は、有事の際、説明責任を果たしたことにはなりません。逆に放棄しているに等しい行為と見なされます。 - 実態把握できない監査
2,000カ所もの拠点に対し、年に一度の書類点検や数日間の実地確認を行うだけでは、森林破壊などの実態を正確に把握できようはずもありません。この「管理しているつもり」の事務作業が、変化する現場の実態を見逃すという欠陥を生みます。
2.【事例分析】ユニリーバのデジタル監視と不二製油の現場密着型支援
2,000カ所という膨大な供給網を統治する上で、同じくパーム油を原料とするユニリーバと不二製油のアプローチは非常に示唆に富んでいます。しかし、それらは完成された「正解」ではなく、それぞれに実務上の有用性と、克服すべき課題を抱えています。
① ユニリーバ:デジタルの面的監視と「指定」の思想
ユニリーバは、商流のブラックボックスを排除するために「指定調達」を徹底し、特定の搾油所(ミル)を直接格付け(レーティング)しています。
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有用性: 衛星画像解析(Googleとの提携)により、24時間365日の面的監視を実現しました。これにより、「何かあったら報告せよ」という受動的な姿勢から、「変化を自ら検知し、能動的に動く」体制へ転換した点は画期的です。
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課題: デジタル監視は「森林破壊」という物理的変化には極めて強い一方、強制労働や人権侵害といった、画像には映らない「人の営み」の中に潜む深層リスクを捉えきれない限界があります。
② 不二製油:現場密着型支援
不二製油は、単に「基準に満たないサプライヤーを切る」のではなく、現場に入り込んで是正を促すアプローチに強みを持ちます。
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有用性: 搾油所だけでなく、その先の農園まで遡るトレーサビリティを構築。問題発見時に「対話」を重視し、現地の供給網全体の底上げを図る姿勢は、長期的には強固な信頼基盤となります。
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課題: 非常に高い専門性と工数を要するため、2,000カ所すべてにこの「厚み」を持たせることは物理的に不可能です。リソースをどこに集中させるかという、冷徹な優先順位付けが常に問われ続けます。ユニリーバの「指定調達」のような工夫があってもよさそうです。
経営が直視すべき「不作為」の実態
両社に共通するのは、2,000カ所を「平均的に管理する」という幻想を捨て、リスクの解像度を上げた上で、リソースを傾斜配分している点です。 実務の現場からは、しばしば「リスクが高すぎるこの商社を外したい」といった、管理の解像度を上げるための絞り込みの提案が上がります。しかし、マネジメント層が「安定供給」を錦の御旗にして現状維持を選び、現場のアラートを無視し続けるならば、それは2,000カ所のブラックボックスを容認する「経営の不作為」に他なりません。この構造的な放置こそが、アクティビストにつけ入る隙を与えた真の要因になるのではないでしょうか。
3. まとめ:情報を「実務の武器」へ変換するために
今回の花王の事例、そして先駆的な2社の分析から導き出されるのは、調達という仕事の「付加価値」を再定義する必要性です。
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「透明性」という不可避なアウトプット 現代において、サプライチェーンの「透明性」はプロセスの副産物ではなく、市場や投資家から求められる「アウトプット」そのものです。プロセスにおいて透明性を貫く強い意志がなければ、結果としての情報の正しさは担保されません。「透明性」の放棄は、品質の放棄と同じ意味を持つのです。
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「情報の主導権」を経営判断の主導権へ 「情報の主導権」を握ることは、自律的な「経営判断」を可能にするための唯一の手段です。商社や認証制度の報告を鵜呑みにせず、デジタル監視、現場との対話、そして国際NGOという「外部センサー」を多角的に使い倒すこと。自ら掴み取った正しい情報があって初めて、経営は「コストを払ってでも是正するか、供給網から切り離すか」という、本来果たすべき主導権を取り戻すことができます。
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探査と応用のサイクルを回す 最新のグローバル情報を常に「探査(スキャン)」し、それを自社の供給網という構造的実態に当てはめて「応用(アプライ)」し続けること。現場が上げるアラートを、経営が改革の好機として拾い上げる。このサイクルを回し続けることこそが、これからのAI時代、そしてアテンション・エコノミーの中で、企業が真の健全性を証明する唯一の道となります。
供給網の闇を照らすのは、チェックリストによる事務作業ではありません。「事実を正しく知り、それに基づいて構造を再設計する」という、マネジメントと実務者が一体となった意思に他なりません。この記事が、日々情報を読み解き、自らの仕事をアップデートしようとするすべてのプロフェッショナルにとって、羅針盤となることを願っています。
「参考文書」
花王vsもの言う株主、焦点はパーム油 ESGリスク巡り攻防:朝日新聞

