Up Cycle Circular’s diary

未来はすべて次なる世代のためにある

バイオものづくり最前線 ─ 日米欧中による熾烈な競争、日本の強みは何か

いまやバイオものづくり(合成生物学)は、単なる環境対策の枠組みを完全に超え、国家の経済安全保障をかけた世界覇権争いの主戦場となっている。ナフサに依存しない「炭素循環型の基礎素材」を自国でどれだけ囲い込めるか。この覇権を巡り、世界は日米欧中の激しい三極の知略戦の真っ只中にある。

この戦いにおいて、欧米と中国はそれぞれ全く異なるアプローチで世界の勢力図を塗り替えようとしている。

まず欧米が握るのは、圧倒的な「設計力(AIと国際ルール)」だ。彼らは「AlphaFold 3」に代表される構造予測AIなどのプラットフォームを支配し、画面上で「最適な微生物の遺伝子コード」をスマートに設計する。自らは泥臭い量産工場をそれほど持たず、基本特許と国境炭素税(CBAM)のような国際規格のルールを牛耳ることで、上流から利益を吸い上げる構造を作っている。

これに対し、中国が仕掛けるのは「物量と自動化」だ。

China’s Chemical Giants Accelerate Global Biomanufacturing Shift

中国は国家主導のもと、数千台のロボットアームが24時間体制で実験を回す「自動化ラボ(自律型実験室)」を建設。人間では不可能なスピードで膨大なパターンの微生物をスクリーニングし、圧倒的な低コストを武器にバイオ製品の市場シェアを力任せに奪いにきている。

では、欧米のようなAIプラットフォームも、中国のような圧倒的な労働力・物量も持たない日本には、どのような勝ち筋があるのだろうか。

欧米の設計、中国の物量に対抗する、日本の「量産技術と具現化力」

日本が世界に対して圧倒的な優位性を持つ武器、それは実験室レベルの技術を商業化に耐えうる巨大インフラへと落とし込む「量産技術と具現化力」である。

微生物は生き物だ。実験室のフラスコの中で成功したバイオ技術であっても、それを数万リットル、数十万リットルというコンビナート規模の巨大培養タンクへとスケールアップ(大量生産化)した際に生じるタンク内のわずかな温度ムラ、ガスの濃度変化、攪拌(かくはん)のストレスによって、微生物が全滅したり、目的の樹脂を全く作らなくなったりするエラートラブルが多発する。

ここで必要とされるのが、日揮のような「爆発リスクのある可燃性ガスを、巨大プラント内で精密に循環・制御し続ける量産技術」であり、東レが持つ「バイオ原料の品質のブレを吸収し、均一で超高品質な繊維へ仕立て上げる具現化力」である。

どれだけ欧米が優れた設計図(頭脳)を画面上で描こうとも、どれだけ中国がロボットで膨大な試行回数(数)をこなそうとも、それを現実の物理空間で破綻させずに巨大工業インフラとして安定稼働させるステップには、一朝一夕には真似できない、日本が石油化学や醸造(発酵)の現場で長年磨き上げてきた「量産化の壁」が存在する。この生産プロセスにおける強さこそが、日本の核心的な強みのはずである。

タイムリミット:中東市場を中国に強奪される前に

しかし、この日本の「量産技術と具現化力」を、真にグローバル市場での勝利へ結びつけるためには、超えなければならない課題が存在する。それは「中東市場への定着スピード」だ。

日揮のバイオものづくりにおける最終的なターゲットは国内だけではない。「脱石油」を掲げてグリーン水素やクリーンエネルギーへの巨額投資を進めるサウジアラビアやUAEなどの中東諸国である。

国内で「水素とCO2からプラスチックを作る量産プラント技術」を完全にパッケージ化し、将来的に中東の広大な土地、豊富な太陽光による安価な水素、そして工場排ガスを組み合わせた「巨大バイオものづくりプラント」を現地に輸出し、定着させることだ。これこそが、これからの日本の新たな産業覇権の武器となる。

だが、残された時間は多くはない。もし日本が国内の実証実験(JBX1からカネカ高砂へのタイムライン)で足踏みをし、ぐずぐずしていれば、この巨大な中東のプラント市場すら、中国の圧倒的な開発スピードと低コストの前に強奪されかねない。

中国はすでに、国家の威信をかけて世界中のバイオインフラの受注戦に名乗りを上げている。仮に技術の精度で日本が勝っていたとしても、実地への定着スピードで中国に先を越されてしまえば、日本の石化・素材産業の敗北は決定的となるだろう。

欧米の「設計」、中国の「物量」に対し、日本は石油化学で培った「量産技術と具現化力」で先手を打てるのか。自国のシステムを世界、なかんずく中東市場に「定着」させて初めて、それが日本の真の強みであることの証明となる。日揮と国内コンビナートが挑む地殻変動は、時間切れになる前に素材の覇権を奪取するための、スピード戦でもあるのだ。