Up Cycle Circular’s diary

未来はすべて次なる世代のためにある

「経済」が破綻していく国 ― トルコリラ以下の購買力となった円

現在、日本円の「国際的な購買力」は歴史的な転落を遂げています。実質実効為替レートは、51.7(過去最低を更新)という驚くべき数字にまで下落しました。

物価や賃金が上昇したことでインフレの傷を相殺している「最弱」のトルコリラにすら、実質的な購買力で見劣りする。それが、いま日本円が置かれている現実です。

この「通貨の劣化」は、小難しい経済指標の話ではありません。私たちの社会の足元で、モノを作る、建てる、運ぶといった「実物経済」そのものを、破壊し始めているようです。

ナフサ高、中小企業の半数が価格転嫁4割未満 国への相談1万2000件 - 日本経済新聞

決算:JAL、長引く燃料高の向かい風 浮揚の鍵は利益率2割のマイル事業 - 日本経済新聞

帝国ホテル、第2六本木ヒルズ…都心再開発に次々ブレーキが 「工費高騰が解消するのか」悩むデベロッパー:東京新聞デジタル

各紙が報じる「〇〇高」のドミノは、その現場の悲鳴です。基礎素材となるナフサの高騰に対し、中小製造業の半数が「価格転嫁が4割未満」にとどまり、国への相談が1万2000件に達している現実。作れば作るほど現場が窒息していく構造がここにあります。また、航空燃料の長引く高騰に直面するJALが、本業の移動インフラではなく、利益率の高い「マイル事業(金融・経済圏)」に頼って食い繋がざるを得ないという歪み。さらに都心では、資材や工費の高騰に悩むデベロッパーの手が止まり、帝国ホテルの建て替えや大規模再開発に次々とブレーキがかかっています。

汗を流して実物(モノ)を動かし、価値を生み出す日本の骨組みが、円安に端を発するコスト高によって機能不全に陥っている。私たちは今、スローガンや数字の帳尻合わせの裏側で、社会の「実物」が消えていくという、嘆かわしい現実に直面しています。

外圧の警告と、個人向け国債という名の防衛策

実質実効為替レート「51.7」という円安で、実物経済が悲鳴を上げているこの局面において、政府の足元は完全に袋小路に入り込んでいます。

1月に米国のスコット・ベッセント財務長官から「日本の財政悪化にともなう金利上昇が、世界の長期金利を揺るがしている」と異例の警告(外圧)を受け、これ以上の財政拡大は国際市場が許さない。

「日本の恥」はレジより財政 米財務長官の長期金利への警鐘忘れるな - 日本経済新聞

首相が減税見送りをレジシステムのせいにしてみせる裏で、世界が注視しているのは肥大化し続ける日本の財政そのものです。

補正予算、赤字国債増発は回避 税収増の「貯金」先取りで余力乏しく - 日本経済新聞

それが分かっていながらも、政府は目の前の物価高を抑えるために、本来は借金返済に回すべき税収増を先取りしてまで補正予算(補助金バラマキ)という「その場しのぎの財政拡大」を止められないジレンマに陥っています。

そして今、この八方塞がりの政府がひねり出した「唯一の対策」が、**「個人向け国債の利回り上げ・解約規制緩和案」**です。

個人向け国債、利回り上げ・解約規制緩和案 国内保有維持へ自民に浮上 - 日本経済新聞

しかし、私たちはこの施策に対して、深い寂しさを抱かざるを得ません。なぜならこれは、「物価高に苦しむ国民を救うための政策」でもなければ、「壊れゆく産業を強くするための攻めの投資」でもないからです。その本質は、新NISAなどを通じて個人の資産が外貨へ逃げ出す(家計の円売り)のを、国債の魅力を少しだけ上げて国内に閉じ込め、国の借金を身内に回してもらうための「防衛策(資本流出規制のソフト版)」に過ぎません。

外圧に怯え、攻めの手が何一つないまま、国民の富を「日本円」という沈みゆく船に縛り付けるための堤防づくりに終始する。この圧倒的な無策ぶりこそが、今の政治の最も嘆かわしい現実ではないでしょうか。

この違和感を言葉にする

これほどまでに行き詰まった政治の無策を前にしたとき、私たちの中に湧き上がるのは、深い「諦め」の感情かもしれません。「どうせ何も変わらない」「自分一人が声をあげても無駄だ」と口を閉ざし、新NISAで個人の資産を守るなど、各自が私的な領域で生き延びることだけを考える。それがある種の「賢い処世術」とされるのが、いまの社会の空気です。

しかし、小説家・平野啓一郎氏はその著作『あなたが政治について語る時』の中で、そうした諦念(社会に対する諦め)が広がることの危うさに警鐘を鳴らしています。

政治への不信が社会全体を覆うとき、私たちは政治を語ること自体を忌避するようになり、結果としてその沈黙が、さらに政治を劣化させるという悪循環を生んでしまうからです。

平野氏は、私たちが語るべき政治とは、イデオロギーのような大層な話ではなく、一人一人の「身近な生きづらさや現実」から出発するべきだと説きます。

いま私たちの目の前で起きている「ナフサが高くて商売が立ち行かない」「工費が高騰して建築計画が見直される」「燃料高で本業が脅かされる」という危機は、決して個人の努力不足や自己責任などではありません。ベッセント氏の警告を無視し、国民の富を円に閉じ込めることでしか通貨を守れないという、政治の選択が無策のままもたらした結果なのですから。

ありとあらゆるモノが値上がりとなり、住宅は高くて買えない。この「実物経済が壊れていく」という違和感を、私たちが政治を語り始める出発点すべきではないでしょうか。

政治を冷笑し、語ることを放棄することは、この機能不全に陥った現状をそのまま容認することに他なりません。数字とスローガンだけが虚しく踊り、私たちの生活を支える「実物」が消えていくこの国で、私たちはこの嘆かわしい現実をどう受け止め、どのような言葉で語り合うべきなのでしょうか?

 

「参考文書」

円、「最弱」トルコに見劣り 実質実効レートの安値更新 購買力低下止まらず - 日本経済新聞

個人向け国債と通貨防衛|唐鎌大輔(みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト)