Up Cycle Circular’s diary

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【アート&サイエンス】不確実で混迷する社会を生き抜くために求められる素養

 

 米国では、注目されたFRBのパウエル議長のジャクソンホールでの講演が終わり、大方の期待が裏切られたようです。パウエル議長は利上げを継続する姿勢を鮮明にし、記録的なインフレを抑え込むための金融引き締めについて「やり遂げるまでやり続けなければならない」と述べたといいます。

ジャクソンホール会議 インフレ抑制「やり遂げるまで」FRB議長 | NHK

 NHKによれば、パウエル議長は講演で「インフレを抑え込むには家計や企業に何らかの痛みをもたらすことになるがそれは避けられないコストだ。ただ、物価の安定を取り戻すことに失敗すればもっと大きな痛みを伴うことになる」と警告したといいます。

「今後、失業率がある程度、上昇することは避けられない。本格的な景気後退に陥るかどうかは変動が激しい世界経済の動向と地政学的な緊張などに大きく左右されるだろう」と述べたそうです。

 いずれにせよ、米国は景気後退してでも物価の抑制しようとするのでしょう。株価への影響、またそれにより産業動向、企業動向に変化が生じるのでしょうか。

 

 

 中国ではゼロコロナ政策により経済が失速、そこに長江流域で干ばつが発生し、この影響も心配されています。米中対立に改善の兆しは見えず、さらに悪化、切り離しが進むのでしょうか。

 ロシアが仕掛けたプーチンの戦争も収束が見通せず、エネルギー危機、食糧危機が長引くことになりそうです。この影響による物価高はいつになったら収まるのかと気を揉みます。

 日本では、政治と特定の団体の癒着が問題視され、コロナ対応の不味さが長引いています。物価は日銀目標の2%を超えるようになりましたが、賃上げは追いつかず、日銀の政策に変更はなく、景気減速の懸念も指摘されます。しかし、政府の物価対応は相変わらずで、状況が好転する兆しは見えないようです。

 不確実性の時代といわれて久しいですが、さらに混迷さが増し、より不確実な時代になったということでしょうか。

 

 

 さらに、脱炭素に、DXデジタルトランスフォーメーション、企業が取り組まなければならないことは増えています。そればかりでなく、ESGやSDGs視点も外すことはできません。

 強制的に現状否定され、新たな価値観を求められているようにも感じます。こうしたことを敏感に察し、新たな経営論が説かれます。「パーパス経営」、「両利きの経営」などがその例でしょうか。 

日本で「両利きの経営」が大注目された根本理由 | 企業経営・会計・制度 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース

「両利きの経営」では、既存事業の「深化」により収益を確保しつつ、不確実性の高い新領域を「探索」し、成長事業へと育てていくことが説かれているといいます。そのためには、具象と抽象を行ったり来たりさせることが求められるといいます。

自然科学は、実験でそれと同じことをやっています。仮説を立てて、実験でデータを見ると、「あれっ、違うな」と思う。梶田隆章さんのニュートリノの発見をはじめ、ノーベル賞はたいていそこから出ています。具象と抽象を行ったり来たりさせるのは、頭の働かせ方としては自然だし、気持ちいい。(出所:東洋経済オンライン)

 一方で、「データドリブン経営」とも言われ、データやAIの活用が求められているといいます。その裏腹には、いまだ「KKD」経験と勘と度胸に頼った経営が多いということを示唆しています。

御社のKKD経営はもう限界、「可視化・AI予測」で未来を拓け | 日経クロステック(xTECH)

 記事は、驚くべきことに日本企業のおよそ6割強が、いまだ「勘」「経験」「度胸」で業務を遂行していると指摘し、急速に企業のDXが進んでいるものの、大企業の半数近くがデータの可視化に留まり、大企業であっても3割近くはKKDで業務を遂行している状態にあるといいます。 

 

 

 古来から説かれてきた「アート&サイエンス」的な思考が求められているのかもしれません。

「アート」とは、経験的知識や勘、直観的な認識などを指し、「サイエンス」は論理性、客観性、法則性などそなえた知識の概念といいます。

IEの基礎」によれば、自身のアートを自ら分析的にとらえ、その中に論理性や法則性を見つけようとする試みは、より高度なアートを得ることにつながるといいます。

科学がいかに進歩しても、最後にものを言うのは高い次元のアートであるという認識があって、はじめて「アート&サイエンス」の展開の意義があることを忘れてはならない。(引用:IEの基礎 藤田彰久)

「アート&サイエンス」、日本語にすれば試行錯誤ということでしょうか。それは単なる「行き当たりばったり」ではないと藤田は指摘します。結局、「物事を観察し、比較・分類し、ワークシステムの改善や問題解決に取り組む素朴な「科学的態度」意識的疑問的態度が今なお我々に求められる基礎的な素養といいます。

 また藤田は、どんな優れた手法をとろうとも、正しい常識に支えられた「科学する心」がなければ問題解決はないといいます。

 結局手法は手段に過ぎず、目的意識と問題意識が大切と主張しています。



 複雑・多様な時代における問題解決は1人の能力を超えるものがほとんどで、異なる立場や専門とする人々の協力が欠かせず、チームが威力を発揮することになり、そのためには構成全員の共通認識が必要と説きます。その上、その手法を用いる前に「空気作り」が行われなければならず、それには個人や集団の行動の論理を学ばなければならないといいます。

 

 

 不確実で混迷する社会、逆に言えばした藤田の指摘した正しい常識による意識的疑問的態度で社会を観察し、自らの持つ強みを活かそうとすれば、やるべきことが必然と定まるのかもしれません。また、それと同時に正しい常識を常に探査、探求し、学び続いていくべきなのでしょう。

 亡くなられた稲盛和夫氏は、「人間として何が正しいか」と問い続け、人として当然、持つべき倫理観や道徳観、それに社会的規範にしたがって誰に対しても恥じることのない公正明大な組織運営を行っていく重要性を説いたといいます。また、稲盛氏が塾長を務めた「盛和会」という経営塾に参加した塾生は、「世界中がおかしくなっていますし、市場原理主義がいきすぎている。人の幸せが何なのか、事業を何のためにやるのか、常に本質ということをなげかけていた」と、稲盛氏のことを振り返ったといいます。

 

「参考文書」

京セラ 稲盛和夫名誉会長が死去 90歳 一代で世界的な企業に | NHK | 訃報

静かに広がる機械学習の誤用が、科学に「再現性の危機」をもたらしている | WIRED.jp