6時51分だった東京の日の出が1分ばかり早まり、6時50分になった。これから少しずつ日の出時刻が早まり、段々と春に近づいていく。少しばかりワクワクした気分にもなる。
しかし、うまくいかないときは不思議に悪いことが重なるようだ。弱り目に祟り目とでもいうのだろうか。
緊急事態宣言が7府県に追加発令された。電力需給の逼迫により新電力の中では電気料金が高騰している会社もあるという。想定外の事態への対処と些細なミスが積み重なり、さらに悪化ということであろうか。
泣きっ面に蜂、同じことを意味する諺が多くある。こうしたことは稀なことではなく、よくあることなのかもしれない。
傷口に塩を塗る
FNNプライムオンラインが、「政府の相次ぐ要請に猛反発 サイゼリヤ社長「ふざけんなよと」と報じる。
傷口に塩を塗られた感じなのであろうか。心情を察することはできるが、あまり過激な言葉は慎んだ方がよいのではなかろうか。一部のマナーの悪い人たちのために業界全体が影響を受けるということであろうか。政府に文句をぶつける前に、業界全体で自己防衛しようと気にならないのだろうか。
塩には殺菌作用もあるという。何かを治すには痛みが伴うものである。
てんびんにかける
日本医師会の中川会長が会見し、「国民の皆様と危機感を共有し、感染防止につなげたい。このまま感染者の増加が続くと、医療崩壊から医療壊滅になる」と訴えたという。
従姉の夫が、膀胱癌の手術をしたが、排尿できないにもかかわらず、手術したその日に排尿装置を付けて帰宅したと聞く。その後通院するという。なぜそうなったのか仔細は聞いていないが、そんな話を聞いてしまうと、中川会長の言葉に真実味を感じてしまう。
医療を守るために、業界団体自らが状況を発信し協力を求める。批判もあるのかもしれないが、この状況では医療はなくてならないものであるし、機能し続けてもらわなければならない。コロナとその他医療をてんびんにかけることはできないのではなかろうか。筋違いの批判もあるように感じる。
ユニクロは「正しいこと」
昨年春に緊急事態宣言が発令された直後、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は「自らの原点に立ち返り、より正しい経営を行う」と語ったと日経ビジネスはいう。 それ以降も柳井社長は「正しいこと」に取り組むと強調しているそうだ。
その日経ビジネスは、「外からの目を意識した邪心ではないのか」、それとも、「本気で社会を良くしようとしているのか」と、記事で疑問を投げかけ、ここ最近のユニクロの動向を解説する。
記事を読めば、ユニクロが真摯に顧客、そしてその延長にある社会に向き合ってきただけのことではないか。
売上は結局、顧客の支持のあらわれに過ぎない。顧客の支持を失えば、淘汰しかない。そのために顧客に奉仕し、最大のサービスを提供する。その上にビジネスを成り立たせていく、ただそれだけのことかもしれない。
逆境なのか、理不尽なのか
どれだけのお店が時短営業要請に従っているのだろうか。要請に従わないお店とどちらが多いのだろうか。
要請は当事者にとっては理不尽なことに思えるのかもしれない。ぶれる政策ばかりでは頼りない政府としか映らない。必然、その怒りが政府に向いてしまう、その心情も察することもできる。
しかし、それに固執すればするほどに執着となり、個人的な利益のためにと見えてしまうこともある。
素直に要請に従えば、今はそれでお客様を守るができるのかもしれない。この時期であれば、お店を休業しても、顧客や取引先の信頼を裏切ることにはなりはしないだろう。
綺麗ごとでは済まされないことかもしれない。しかし、それもまた現実であることに変わりない。誰が悪いことでなく、コロナが蔓延した社会が今ここにある。
この逆境下でもお店を守って欲しいと思う。
臥薪嘗胆
誰がコロナパンデミックを収束に導くことができるのだろうか。しかも可及的速やかに。頼りない政府に反発したところで解決には向くとはあまり思えない。そう容易く納得できることではないかもしれないが、協力したほうが長い目で見えれば得策なのかもしれない。
臥薪嘗胆、そんな言葉では済まされないことかもしれないが。
個人的なことだが、この心構えがあれば、会社を潰さずにすんだかもしれないと思うときがある。
スターバックス再生物語という本の最初のページには、こんな文章もある。
そう。ぜひ流れに逆らって泳いでほしい。
わたしはほかの人たちに、若い人たちに、一生懸命働くこと、向上すること、そして、金儲けのためでなく、着想の余地のために、
優れたよく売れるものを生み出す活力の根を伸ばすために、それを大きくすることの素晴らしさを伝えたい。
作業場を、店を、ビジネスを失えば、生き方も失ってしまう。
アルド・ロレンツィ/コルテリア・G・ロレンツィ店長 「モンテナポレオーネ通りのあの店」著者
ユニクロは「正しいこと」をつらぬくために、「サスティナビリティ」を追求する。
ファストリのサステナビリティーの取り組みは、東レというパートナーの存在に加え、「熱い思いを持ったヒーローがいたからできた」(シェルバ氏)。意欲的な人材がたまたまいたから実現しただけで、いなければ事業は動いていないともいえる。(中略)
今も社内に懐疑的な声がないわけではない。「世界や社会を良くするというのは後付けに思えた。商売のためにサステナビリティーに取り組むということだと思う」(元役員)という意見は常にある。
日々の業績に追われる中で、サステナビリティーと言われてもピンとこないという社員もいる。そもそも費用対便益が数字としてはじかれているわけではないのだ。
それだけに「グループの誰かがやっている良いこと」ではなく、それぞれの社員が自らの仕事と受け止められるように仕向けないといけない。 (出所:日経ビジネス)
ハリエット・B・ストウはこの言葉を遺したという。
「進退窮まって、四方八方敵だらけとなり、もう一刻も持ちこたえれない気持ちになっても、決してそこであきらめてはいけない。情勢が一変するのは、正にそれからなのだから」。